☆ 茨木のり子 ☆

「鍵」

一つの鍵が 手に入ると
たちまち扉はひらかれる
硬く閉ざされた内部の隅々まで
明暗くっきりと見渡せて

人の性格も
謎めいた行動も
物と物との関係も
複雑にからまりあった事件も
なぜ なにゆえ かく在ったか
どうなろうとしていたか
どうなろうとしているか
あっけないほど すとん と胸に落ちる

ちっぽけだが
それなくしてはひらかない黄金の鍵
人がそれを見つけ出し
きれいに解明してみせてくれたとき
ああ と呻く
私も行ったのだその鍵のありかの近くまで
もっと落ちついて ゆっくり佇んでいたら
探し出せたにちがいない
鍵にすれば
出会いを求めて
身をよじっていたのかもしれないのに

木の枝に無造作にぶらさがり
土の奥深くで燐光を発し
虫くいの文献 聞き流した語尾に内包され
海の底で腐蝕せず
渡り鳥の指標になってきらめき
束になって空中を ちゃりりんと飛んでいたり

生きいそぎ 死にいそぐひとびとの群れ
見る人が見たら
この世はまだ
あまたの鍵のひびきあい
ふかぶかとした息づかいで
燦然と輝いてみえるだろう


「知命」

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらかった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏で切れいと進言するが
肯じない
仕方なく手伝う もそもそと

生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が添えられていたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで


「汲む」 ―Y・Yに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


「友人」

友人に
多くを期待しなかったら
裏切られた! と叫ぶこともない

なくて もともと
一人か二人いたらば秀
十人もいたらたっぷり過ぎるくらいである
たまに会って うっふっふと笑いあえたら
それで法外の喜び

遠く住み 会ったこともないのに
ちかちか瞬き会う心の通い路なども在ったりする
ひんぴんと会って
くだらなさを曝け出せるのも悪くない

縛られるのは厭だが
縛るのは尚 厭だ
去らば去れ
ランボウとヴェルレーヌの友情など
忌避すべき悪例だ
ゴッホとゴーギャンのもうとましい

明朝 意あらば 琴を抱いてきたれ
でゆきたいが
老若男女おしなべて女学生なみの友情で
へんな幻影にとりつかれている

昔の友も遠く去れば知らぬ昔と異ならず
四月すかんぽの花 人ちりぢりの眺め
とは
誰のうたであったか


「一人は賑やか」

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな海だよ
水平線もかたむいて
荒れに荒れっちまう夜もある
なぎの日生まれる馬鹿貝もある

一人でいるのは賑やかだ
誓って負け惜しみなんかじゃない
一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい

おおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな

恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
あってくれ



いやはや、本物から放たれた言葉の矢ってのはスゴイもんです。
半泣きになりそうなほど
どれも俺の心を射抜きやがる。
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by lock-stock03 | 2008-05-13 22:50 | ☆好きな人、物、言葉 | Comments(2)
Commented at 2014-02-22 05:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lock-stock03 at 2014-02-23 20:47
久しぶりに読んで見ましたが
いいですね、ほんと。

ただちょいちょい誤字が、、、(すいません)
一応気付いたとこは直しておきました。


日々ぼちぼち


by lock-stock03

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